インド教育事情
今回は「黒部さん家の教育回顧録」を一回お休みさせていただき、インド最新教育事情をお届けしたいと思います。
年末から新年にかけてインドに行ってきた。目的は本場でボリウッドダンスのレッスンを受ける事と、先生を探す事、そして以前に先生をしてもらったインド人の先生に赤ちゃんが産まれたので、そのお祝いを持ってインドまで出かけた。場所はデリーから車で6時間かかるパンジャブ州のチャンディガールである。私たちがインド人のトレードマークのように思っているターバンを頭に巻いたインド人が多い街でもある。彼らはシーク教徒で、元来体が大きく健常なので、軍隊やポリスは殆どがシーク教徒達である。一見帽子のように見えるターバンは、長い布を巻き付けて納める。朝寝坊をして遅刻しそうでも、である。
さて、インドの教育事情である。現在インドは新しい首相Mottiのリーダーシップで国民の結託が強く、これが経済を力強く牽引している。アメリカでタクシーに乗るとオバマ大統領の悪口が殆どであるが、インドでは” We love Motti”
で支持率が高い。なぜ?と聞くと、即断即実行なのだそうだ。ただ支持率の高い大統領は暗殺の危険度も高いので、みな口々に”He is good until he died”などと言っている。首相暗殺事件の多いインドを身近に感じる。
そんなニューリーダ率いるインドであるが、相変わらずストリートキッズが多い。キッズだけではない、ストリートベイビーもいる。ようするに物乞いである。小さいのは2歳ぐらいの子が物乞いにくる。が、ここで驚くべきは彼らのENGLISHである。2歳児ぐらいの子が” give me money”と英語で言ってくる。
そこへ3歳児ぐらいの兄らしき子が” we are hungry”とこれまた流暢な英語で言ってくる。こちらが黙っていると” please give me some money、I have no father”と言ってくる。小学生ぐらいの子になると” You have money but I don’t have money and no house. I want to sleep tonight, please give me some money”とかなり長いセンテンスになってくる。英語塾どころか学校へも行っていない子が英語を話している姿は強烈だ。つまりこの英語が彼らのライフラインにもなる。英語が話せなければ食べて行けない現実を2歳のころから叩き込まれるのである。日本人も終戦直後、必要に迫られて英語を勉強した。もっとさかのぼると幕末に生きた人たちも開国と同時に、海外の文化を知ろうと必死で勉強した。ところが今、その必死になる物が見つからない。どうして英語が話せた方がいいの?英語が話せるといい事があるの?子供達の本音である。親にとっては自らの経験や体験から英語を話せるメリットが考えられるのだが、それにしても話せないと生きていけないなどとは思いもしない。
インドでは英語が準公用語となっている。街にはインターナショナルスクールの看板が所狭しとならんでいる。日本と同じで、看板のモデルとなる子供達は白人である。しかし実際にはインターナショナルスクールに通う子供達のモラルが問題になっているという。インド文化を否定するわけではないが、より以上にアメリカ文化、ヨーロッパ文化に啓蒙する。サリーを捨てジーンズになる。マサラドーサ(カレー味のポテトが入ったクレープ)よりもマクドナルドを選ぶ。ナマステのご挨拶をするよりHiを連発する。年上を尊ばない。物を大切にしない。買いあさる。などなど、これはインドで読んだ新聞に出ていた記事だが、インド人の親達は心配を始めている。
日本に帰国した日にあわてて神社に初詣にいった。着物姿こそ無かったが、子供達が「あけましておめでとうございます。」という声にほっとした。翌日ランゲージ?ハウスの幼稚部が始まった。インドのインターナショナルスクールの記事を読んでランゲージの園児たちのことが気になり、朝玄関に立って園児達を待った。「あけましておめでとうございます。」というと、みなゆっくりと元気な声で「あけましておめでとうございます。」とかえってきた。心の中でa
happy new yearといわない子供達にホットし、次の瞬間後ろから” See, Santa
came to my house !”という英語の声が聞こえた。新年早々バイリンガル幼稚園の醍醐味を感じていた。
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